「いたいのいたいのとんでゆけ」 物事を先送りできる少女との物語から考えること

 

 

【 年間120冊読書計画 42冊目】

 
 

「いたいのいたいのとんでゆけ
 
 
 
 三秋 縋 著作 読了。
 
 

いたいのいたいの、とんでゆけ (メディアワークス文庫)

 
 
 
● 三秋 縋さんの他の作品に関する書評はこちらからお読みいただけます。
 
 
 
『スターティング・オーヴァー』
 

 

tekaten.hatenablog.jp

 

 
『3日間の幸福』
 
 

 

tekaten.hatenablog.jp

 

 
 
 
 
 
「いたいのいたいのとんでゆけ」の設定は以下のようなものです。
 
 
 
 
・ 主人公が女子高生を車ではねてしまう
 
・ その少女は「物事を先送り」することができる
 
・ はねられたことを「先送り」して、主人公と共に恨みがある人に復讐する
 
 
 
 
 
 「スターティング・オーヴァー」と「3日間の幸福」と同じく、時間という普遍的なものを取り扱った設定で、現実ではあり得ない設定なのにどこかリアルに描かれているところが三秋さんらしい作品です。
 
 
 まずは上記の設定を見ていただいたところで、ストーリーに軽く触れましょう。
 
 
 
 
■■
 
 
 
ある日、湯上瑞穂は車の運転中、ものすごいスピードで少女を跳ねてしまう。
 
しかも、お酒に酔っぱらった状態で。
 
 
驚くことにその少女は生きており、「私は物事を先送りできるのだ」と話す。
 
少女は些細なことなら数年以上「先送り」できるらしいが、自身の死に対しては長くて10日しか先送りできないのだと言う。
 
残された10日間、これまで辛く残酷な人生を歩んできた少女の復讐を手伝うことになる。
 
 
少女の父、少女の友達、少女の姉・・・
 
 
 
「毎日1人ずつ復讐します。もちろん、最後はあなたですよ」
 
 
 
■■
 
 
(「いたいのいたいのとんでゆけ」より、一部引用、一部てかてんの言葉で書き直しております。)
 
 
 
 
 
 少女をはねてしまった罪悪感から、少女の復讐に付き合わされることになった主人公。
 
 最終的に自分が復讐されるのだとわかっていながら、少女の復讐を手伝っていく。
 
 そんな中で変化していく主人公の気持ちなんかも見どころでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

■ 「先送り」できるなら何を先送りする?

 

 

 
 
 
 「いたいのいたいのとんでゆけ」の設定を元にして、現実世界で自分が何か「先送り」できるとしたら、何を先送りしたいのかを少し考えてみたいと思います。
 
 
 そもそも、「先送り」は、今起こるはずだったものを後に回すことですから、嫌なことを先送りしてもいつかはやってくることになります。
 
 「上司に怒られたことを先送り」したとしても、怒られたという感情は残るので、実際に先送りしても変化があるのは「上司の機嫌が元に戻る」くらいのものでしょうか。
 
 嫌なことを先送りにすると、どうせ後から経験しなければなりません。
 
 しかも、後から嫌なことが必ず来るとわかっていて生活するのは苦しいものです。
 
 だとしたら、「嫌なことを先送りする」のではなくて、「良いことを先送りする」というのも一つの手段かなと思っています。
 
 
 
 例えば、
 
 
 「今日は仕事の疲れがかなり残っているけれど、親友から飲みに誘われた」
 
なんていう場合は、疲れていない時や、この先暇になるときに飲みにいけたほうが良いと思います。
 
 疲れている今日はゆっくり休んで、また仕事が落ち着くタイミングまで「楽しい飲み会」を先送りすれば、疲れも取れて、楽しみも増えて、一石二鳥です。
 
 
 他にも、
 
 
 「今はほとんどお金が残っていないから、旅行誘われたけれど給与後まで待ってほしいな」
 
ってこともありますから、その「楽しい旅行を給与後まで先送り」してしまえば、お金が振り込まれたタイミングで楽しい旅行を実現できます。
 
 
 こんな風に、良いことを先送りして、自分が望むタイミングに持っていくことができれば、人生がより素敵になっていきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

■ 実際には「先送り」できないが、自分の理想にあった予定を作ることはできる

 
 
 
 
 
 
 実際には、何でも好き勝手に「先送り」することはできません。
 
 なんらかの予定には、必ず友人や同僚、先輩など、他人が絡んでくるからです。
 
 でも、そこで「周りの人に悪いから」と、自分の理想を貫こうと努力しなければ、飲み会や旅行などの娯楽は周囲のタイミングに合わせて参加することになってしまいます。
 
 それが悪いことだとは思いませんが、自分は今日じゃなくていつがいいんだ!と声を上げることができれば、もしかすると周りも納得してくれるかもしれませんよね。
 
 黙っていて参加できないよりは、相談してみて参加できるかもしれない可能性に欠けてみたいと思います。
 
 
 これは、日本人に多いと言われている「周りに合わせようとする」という素晴らしい文化であり習慣だと思っています。
 
 周囲の人に協調して、波風立てずに仲を育むことができるのは、日本人ならではの「気遣い」なのですから。
 
 良い解釈をすればこのようになりますが、悪く解釈すれば「何でも周囲に依存して、自分の理想を貫けない」とも言い換えられます。
 
 
 参加したかった飲み会や旅行、娯楽に対して、始めから諦めてしまわずに、自分の理想を提案してみようという意識があれば、現状よりももっと楽しい人生に変えていくことができるかもしれません。
 
 もちろん、状況に合わせて周囲の人に協調することは大切ですので、ケースバイケースなのですが。
 
 
 
 
 
 
 長くなりましたが、「いたいのいたいのとんでゆけ」は、設定だけでも十分読みたくなる1冊ですが、その物語の進め方や意外な展開も楽しめる要素です。
 
 
 
「スターティング・オーヴァー」、「3日間の幸福」、そしてこの「いたいのいたいのとんでゆけ」。
 
すべての作品が、現実離れしているけれど、どこか引き込まれる設定で、楽しめます。
 
他の作品がまだ出版されていないことが残念です。
 
インターネット上では、「げんふうけい」として小説や作品をアップしているようなので、気になる方はご覧ください。
 
新しい作品が登場するのが楽しみです。
 
 
 
 
 
 
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